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2008年06月10日

暴力をなくす活動②ドメスティックバイオレンス


 前回、暴力をなくす政府の計画についてご紹介しましたが、その計画を調べている中で、ドメスティックバイオレンスに関するイギリスの動きが気になりました。



 ということで、イギリスのドメスティックバイオレンスに対する歴史を、’women's aid’と’Refuge’という、歴史と影響力のある女性団体のサイトを参考にしながら調べてみました。どちらも内務省のサイトで紹介している民間団体です。1970年代から本格的に活動が開始されました。
 簡単ではありますが、ご紹介したいと思います。



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 その前に、women's aid とRefugeについて簡単に説明したいと思います。
 
 どちらも、ドメスティックバイオレンスから逃れた女性やその子供のための「シェルターづくり」から運動が始まりました。
(ちなみに、シェルターとは、暴力から逃れた女性やその子どものかけこみ寺的存在で、安心できる場の中で自分を見つめたり将来の方向を考えたりするところです。)
 2つの団体は、それぞれの活動をしつつ、連携して24時間電話ヘルプラインの活動を実施したりしています。


赤ハイビスカスwomen's aidは、1974年に全国組織をつくりました。ドメスティックバイオレンスに関わる最初の全国組織でした。
 ドメスティックバイオレンスの被害者を支援しながら、新しい法律や政策づくりのためのキャンペーンをするようになりました。
 
*women's aid のサイトはこちら→ http://www.womensaid.org.uk/
*歴史を紹介しているコーナーはこちら → http://www.womensaid.org.uk/page.asp?section=0001000100190004§ionTitle=Our+history



黄ハイビスカスRefugeについて
 最初は、女性たちが語り合う場(socil meeting place for women)だったそうです。活動の中で、ドメスティックバイオレンスに苦しむ女性を緊急で支援することになり、1971年秋、ロンドンのチェスヴィックにシェルター’Chiswick Women's Refuge’をつくりました。ヨーロッパでは最初のシェルターと言われています。その後も女性とその子供の安全のために活動を続けています。

*Refugeのサイトはこちら→http://www.refuge.org.uk/homepage.html
*歴史を紹介しているコーナーはこちら→http://www.refuge.org.uk/page_l1-3_l2-2443_l3-2444_.htm

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この写真は1970年代のイギリスの女性運動の様子です。
(women's aidのサイトにあったものをコピーしました)





 写真のような女性たちの運動の成果もあって、1976年にドメスティックバイオレンスに関する最初の法律’The Domestic Violence and Matrimonial Proceedings Act ’が成立しました。暴力の危険にさらされている市民が守られることが明記されたそうです(・・・gives the new rights through civil protection orders for those at risk of violence)。


 翌年の1977年の住宅法(The Housing Act 1977)においては、女性運動が、ホームレスの中に暴力の危険にさらされている女性や子どもがいることを訴え、一時的な住まいを保障するよう訴えました。


 1970年代後半から1980年代にかけては、運動も続けられると同時に実態調査が積み重ねられたり、電話相談のサービスがスタートしたりしました。また、女性団体は、全国的に裾野を広げるようになります。



 1988年の住宅法(The Housing Act1988)においては、暴力から逃げる女性やその子供に不利な条件が加わったので反対しましたが、うまくいきませんでした。1989年の児童法(The Children Act 1989)でもドメスティックバイオレンスのことに触れていなかったので、ドメスティックバイオレンスが子どもの安全に与える影響を理解してもらうために、女性運動はロビー活動を熱心にしたそうです。



 1990年代になると、さらにキャンペーンは広がりをみせます。ドメスティックバイオレンスを扱ったドラマを応援したりもしましたし、企業(ボディショップやwaterstoneなど)と提携してドメスティックバイオレンスの啓発をしたりもしました。

 1999年には、女性大臣たちが’Living Without Fear’という、女性への暴力に立ち向かうための戦略を打ち出しました。



 2004年には、’Domestic Violence Crime andVictims Act’を、本当のニーズに則して修正してほしい!と、300もの女性団体が結集してロビー活動をしました。
 この法律は、加害者を取り締まるために警察と裁判所の権限を強化するとともに、被害者支援にも力を入れることが明記され、30年の運動の中でも重要な法律だそうです。
 その後も、ドメスティックバイオレンスに対するプランや報告が出されるようになりました。



 イギリスのドメスティックバイオレンスに対する女性運動が1970年代初期のシェルターづくりから始まったというのは先行研究で紹介されていましたが、その後もいろいろな活動をしていたのですね。特に法改正や政策提言を熱心にしているところが印象的でした。
 課題も多いようです。長年積み重ねられた暴力(cumulative pattern of violent behavior)が考慮されていなかったり、シェルターについて自治体によって対応がさまざまであったりです。また、児童へのさらなるサポートや、地方のDV被害者支援への補助を目的とした国の資金提供が求められています。



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